環境

住宅が命の居場所であるために 〜「T邸計画」より〜

初めての打ち合わせの時、「食べ物も住まいも同じですね」と言われた施主のT氏の一言が、T邸設計のテーマを決めることになりました。

高山市内で鍼灸院を営んでいるT氏は、腸セラピーや食事療法を取り入れた施術で、症状の改善に取り組まれています。食生活の問題に造詣が深く、(※)「いのちの食べかた」というドキュメンタリー映画のことも、T氏から聞いて初めて知りました。

「我々が日常、当たり前に口にしている食べ物が、見えないところで生まれ、殺され、加工されていく過程をただ淡々と撮った映画で、ほとんど解説らしきものはないんですが、それだけにその事実が圧倒的に迫ってくるんですよ」と、その衝撃的な映画の話をT氏がされた時、私はふと、娘がアトピー性皮膚炎になった時のことを思い出しました。

娘はまだ幼く、痛々しいその姿は親としては見るに忍びないものでした。この頃はまだシックハウスについては社会問題化する以前で、アトピーなどのアレルギーの原因の一つが内装材にあることは、一般的には認知されていませんでした。たまたま自宅を新築する時期と重なり、自ら施主として建築素材も一つひとつ吟味し、納得したものを工務店に発注しました。ところが、思うような素材での施工は、ことごとく敬遠されたのです。

建設市場が大量生産、大量消費の上に成立するようになってから、工期短縮とクレームの出ない安定した建材の使用が前提となっていました。設計行為もその大きな流れの中に組み込まれていき、建築素材の選択に至っては、カタログからの「材料」選択でしかなくなっていたのです。こだわりを持つことや、自然素材を使うことには、とても大きな壁ができていました。標準品からはずれた特注品となり、コストからも想いを断念しなければならなくなっていたのです。商品としての住宅が席捲し、命の居場所たる住まいが見えなくなってしまっているのです。それは、人間環境の創造という視点からは程遠いものです。そんな現状を自らの体験で痛切に実感させられたのでした。

思えば、それが自然素材や住宅造りに関心を持った契機でした。そんな私の話に、4才と1才の二人の男のお子さんがおられるT氏は、父親としても共感されたようでした。また、お仕事の上でも健康な体づくりに従事されていることから、言わば第三の皮膚としての健康な住まい、健康な環境が、体の健やかさにとても密接に関係することにも深く共鳴されました。そして、「食材も住まいに使われている建築素材の問題も変わらないのですね」と言われたのでした。

建築に携わる者として、私たちの目指すものは、あくまで人間環境重視の立場で、快適な新しい空間をつくることです。しかし、もちろん、現在の大量生産、大量消費の恩恵に浴することを否定しては、現代の建築は成立しないでしょう。最先端技術を駆使しつつも、昔の知恵を見直し、見慣れた材料、身近な技術を有効に活用していく術を探っていくというしなやかさが求められており、そこに私たちの務めがあると思っています。

そのような基本的なスタンスをもとに、治療院併設住宅としてのT邸のために、私たちが用意した基本的な方針は、以下のようなものになりました。

健康増進住宅としての自然素材住宅であり、また治療院として、この場所を訪れた方々が心身共に心地よく、本当にリラックスできる「場」の創出を目指す。

そのための具体的な施策として、以下のような提案をいたしました。

敷地環境を整える

• 炭素埋没改良法を行う。

炭素を敷地に埋没させることで、有害な電磁波を減少させ、土地が持つ地磁場を整えます。自然力で天然のエネルギーを蘇らせる、農業生産技術をヒントに開発された改良法です。埋没するので、床下に敷き炭する場合などのように取り替える必要はなく、メンテナンス不要で安定した磁場環境の永続が可能です。

室内環境を整える

• 自然素材の使用。

木、土、ガラス・・・といった自然素材を主に使用します。複合材料を極力使用しないことで、素材のありのままの素朴さを活かして、味わいのある健康的な室内空間を創出します。

里山を活用する

• 近隣の里山の杉材を使用。
• 床材にも杉圧縮材を使用。
• 治療院において針葉樹ストーブを使用。

国産材が使われなくなったことで、里山の杉などの針葉樹の人工林が放置されています。間伐や枝打ちなどの手が入らなくなったことで、下草まで日光が届かず、山の土壌が荒れ、風倒木が目立つようになりました。放置された状態での針葉樹は、根張りが悪く倒れやすいため災害の原因にもなっています。県の補助金により間伐が実施されても搬出と処分に費用がかかるため、倒したまま放置されているのが現状です。言わば自然の(※)葉枯らし状態となっています。このような杉を、木材や床材に積極的に活用することで、里山を活性化し、購入主体構造に変化させることができるのです。
また、放置された間伐材は薪やペレットとしても活用できます。針葉樹ストーブは、このような間伐材を活用するために作られたストーブですが、熱効率に優れ、遠赤外線による輻射熱のためか体の芯から温まるので、健康効果も期待できるストーブです。

省エネ住宅

• 床下蓄熱層をつくる。
• 主暖房を床暖
• 壁暖で行う。

住居においては、最新の技術によって開発された床暖房および壁暖房を主暖房にします。遠赤外線の輻射熱により部屋全体が温まることで、主暖房としての利用が可能になったものです。しかも、表層にムク材や土などの自然素材を使用でき、ランニングコストも安いので、CO2を排出し空気を汚染する灯油の使用を削減できます。また、主暖房の熱効率を補助するために床下蓄熱層をつくる等、省エネ住宅を目指します。

T邸の設計を通して感じたこと

T邸の設計は、「命の居場所としてふさわしい空間とは何か」を改めて問う契機ともなりました。そこにいるだけで心地よいと思える空間、それは、心身共に安堵できる空間でもあるべきです。また、自然環境と調和した、上質な衣服のように快適な空間でもあるでしょう。そして何よりも、そこに住まい、集う人々の幸福と健康の叶う場であってほしいものです。そんな優しさと不可視なる可能性を、建築に追求してみたいと思う事例となりました。

(※)「いのちの食べかた」:
オーストリアのニコラウス・ゲイハルター監督がおよそ2年間をかけて取材・撮影したドキュメンタリー映画。私たちの生とは切り離せない「食物」を産み出している現場の数々を描いている。2006年パリ国際環境映画祭グランプリ受賞他、受賞歴多数。

(※)葉枯らし状態:
木は水分を含んでいるので、材木として使用するためには、木の水分を蒸発させる必要があり、時間をかけて葉枯らし状態にして水分を飛ばす。伐採してすぐに使用するには人工乾燥炉に入れる方法もあるが、後で木の伸び縮みが出ることがある。やはり理想的なのは、自然乾燥の葉枯らしだと言われている。