自然に譲るという精神哲学を実現できる場として奥飛騨温泉郷・平湯温泉もずも

うつろう時といのちのランドスケープデザイン(稲田純一)

2016.11.14

「人生そのもの。私たちは、1秒1秒、過去から未来へと旅している。、、、」

人間界と神の森との境界

ヴィム・ヴェンダースは旅について、ある雑誌のインタビューに答えている。

”もずも”は、岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯にある、旅人のための宿である。
敷地を初めて訪れて感じたのは、土地に宿る”時”であった。平湯の外れの毛受母川の畔にあって、落葉松の林に同居してシラビソの古木が何本も立っているではないか。こんなに胸がドキドキするほどの感動は、学生時代に穂高を縦走して以来である。

長い歴史の湯治の里にあって、原生林の樹木が残っている。人の人生を越えた悠久の自然の営みが人里のすぐ近くにいまだ根付いていたのである。毛受母川の川音が時に激しく響くのが、この土地に人を寄せ付けなかったのであろうか。計画立案のための踏査は、未知の世界との遭遇であった。苔むす岩、苔畑ともいえる地面に繁茂する下草類は多様で豊か、まるでミニチュアの森を探索しているかのようである。

踏査の終わりを待たず、私の心の中にはランドスケープデザインの方向は決まっていた。この土地の自然に謙虚であれ、という基本方針。訪れ泊まれる旅人の魂を呼び戻し、蘇生させる宿。

ランドスケープの計画デザインにおいては、林と建物とのバランスに気を配り、何度ものドローイングと敷地での遣り方を建築計画と繰り返した。
ランドスケープ建設には、人力以外はできるだけこの土地の地面、岩、植物により構成した。建設の行為により虐げられた地面は、土地に宿った草木種子の再生を計画し、表土の保存とそれを万遍なくあらためて敷均し、発芽を地面にプログラムした。

建物間の樹木には、各室どうしの視覚をスクリーンして、部屋の露天風呂からの背景を演出する機能をもたせた。男女一つずつの露天風呂は、楽しいものになった。宿泊客にとり、露天風呂は格別のものでなければならない。温泉の醍醐味は、露天風呂にある。露天にて裸身になる開放感と湯に浸かり素に帰る感覚を、悦楽、恍惚にまで昇華させなければならない。樹林へ開放され、毛受母川の川音に開放された設えとして、露天風呂の形態は、男女を隠喩した凹凸形にした。露天風呂は自然回帰への入り口と位置づけ、癒しは悦びへと登りつめ、泊り客の回復と回春をデザインした。

施主の岩田ご夫妻、西氏、西設計事務所との真剣で親密なコラボレーションがあって、仕事の結果が成しえた。
ヴィム・ヴェンダースが云うように、私たちは日々時を旅しているとすれば、全ての人が日常においても旅をしている訳である。
しかしながら、”もずも”に足を踏み入れた旅人は特別である。土地に根付いた精霊との空間と時を、我々はこの10室に宿したいからである。

もずもの地理的位置

マスタープラン

車寄せ・外部へのアプローチ

露天風呂